NEEDY GIRL OVERDOSEをプレイしました

前にプレイしたゲーム↓

 この問題作について、かねてより小耳にはさんではいたのですが、プレイするタイミングがなかった。M3の作業から抜け出して時間ができたことと、スイッチでプレイできるようになったのをいい機会だと思い買っちゃいました。この作品はすごいわ。メンヘラちゃんを100人くらい監禁してライターさせたの?ってくらい解像度が高い。解像度の高さだけじゃなく、ちゃんとギャルゲーなのが好感度が高い。ヒロインのあめちゃんが破滅するのを見届けることもできるけど……。

感想

 あめちゃんかわいーーーー!てんしちゃんマジエンジェル―!本作は病んでる彼女を人気ライバーにしつつメンタル管理をするゲームです。システム的にはわりと古典的なギャルゲーかもしれない。メインヒロイン(一人しかいないが…)のあめちゃんはとっても魅力的で、まるで実在する特定の人物のような闇を抱えている。彼女の本当の幸せについて考えることが、この作品のテーマの一つですが、バットエンドがひたすらにしんどい。グッドと思われるエンドすらしんどいし、ハッピーエンド以外ほぼ幸せに終わらない。一週目はこのヒロインに対して行為はあっても一切の好意を持てなかったけれど、バッドを踏むごとに哀れみが庇護欲を掻き立てて少しづつ好きになっていきました。

 「これがゲームでよかったな」といった旨のエンディングのコメントがぶっ刺さった。途中からエンディングを埋めるために雑なプレイをして、このエンドに辿り着いたのですが、このコメントを読んだとたんに彼女を実在する人間としか取れなくなってしまって、その後一時間くらいでハッピーエンドに入りました(たまたまも重なりつつだが)。ハッピーエンドに入った時、得も言われぬ多好感がありました。雑な進め方をしてる、で思い出したのですが、会話文の文脈に沿わないスタンプを押して返信したら読んでる?って苦言を呈されたので画面の前で全力謝罪しました(あとで何されるかわからんし……)。

 細かい部分の作りこみが凄い。ドット絵は洗練されているし(かわいい)、しっかりアニメーションしている。変身バンクがいい!ヒロインの状態に応じた状態の書き分けも凄いと思う。あ、なんかやばそうやな、とかデレデレしやがって……とか思いながら頭をなでた後に行動していた。てんしちゃんの謎ポーズは何なのかと思ったらシュタゲネタが出てきて、あ、アイツか……ってなったのは私だけではないはず。音楽はなつかしさを感じるだけでなく、アップテンポで煽情的です。通常BGMがちょっとずつ速くなるのはホラーのような怖さがありますし、テンポが下がって落ち着いた時の安心感も凄いです……。テキストは言わずもがな。繰り返しになりますけど、メンヘラちゃんを100人くらい監禁してライターさせたの?ってくらい解像度が高い。LINE、ツイッター(表、裏垢)の全ての描き分けの解像度が高くて胃が痛くなる……。LINEでは感情の上下が激しかったり、ツイッター(裏)はポエマーで無感情だし、ツイッター(表)はそれなりに偶像を演じることができている……。デフォルメではあるのだろうけど、どうしてこんなに生生しいんだろう。

だがしかしギャルゲーではない

 基本的にギャルゲーの楽しみは恋が実るまで(とお楽しみ)を楽しむもので、本作はそれとはかけ離れています。好感度”セフレ”という状態があるのですが、流石に笑うよ。主人公とヒロインは初めから(心理的には離れているが)くっついた状態なのです。この状態のヒロインを攻略する身としてはすごく複雑なものがあります。セフレから彼女ってアリなのか?と、私は思います(実際に恋愛したことないんでなんもわからんけど)。冷めている女性を好きになるのってすごく難しいのではないでしょうか。昔、犬系ヒロインが流行ったりしましたが、それは向こうからくるからそのうち愛着が湧いてくる、というメカニズムのそれ。だけど、これはなんなんだ。好きになる理由がないですよね?でも、先ほど書いたようにあまりにも悲惨すぎて、好きになっちゃいました……(あと顔がいい……)。

 で、好きになるところまではいったけど、このゲームはやはりギャルゲーではないと思います。このヒロインの攻略はまるで介護だから!!!!精神科に通う(自分の意志で通えない)ヒロインっていまだかつてありましたか????

リアルとインターネット

 ツイッターの利用人数が増えたころ、バズと言う言葉が当たり前のように使われるようになりました。1000いいねくらいで十分バズだろ、って昔は思ってたけれど、今は当然のように1万いいねのツイートが毎日TLに流れてきます。一万人に対して言葉を投げるなんて狂気でしかない。そしてバズらせて広告を付ける、そうなるような文体のツイートが流れてくる。陰謀だったり、極端な意見を持ってる人々のツイートが流れてくるとそれをツイートした人、リツイートした人をミュートにしていく。結局のところインターネットに何を求めているのかすらも曖昧なまま毎日TLを眺めています。

 あめちゃんの配信者としての活動も同じだと思う。てんしちゃんは自分の黒い部分をほとんど浄化した姿しか見せず、あめちゃんは日記のような自己顕示しかしていない。てんしちゃんの姿での活動がストレスを溜めることが示すように、てんしちゃんは本当の自分を見てほしいと思っていると感じる。インターネットがリアルでの繋がり、充実感を強調しているように思う。例えば、お出かけするとストレスが減少する(実際にそうだと思う)。ネットの不特定多数に何を言われてもそれは実体がなく、虚しいものだと思う。あめちゃんが配信者として生きていくエンディングは、てんしちゃんの姿に依存しているだけで、あめちゃんとしての生き方を否定していると思う。

 現実を生きていると、人を傷つけるし、傷つけられるし、それでも楽しかったり、楽しくなかったりします。インターネットは傷つく言葉は見えなくすれば良いため、あまりにも甘すぎる。そこに逃避すると一生抜けられないんじゃないかな。ほどほどに楽しむのがいいのかもしれまんね。逃避する先には芸術をおすすめします。最高の余暇活用かつ、甘くて厳しい世界なので。

投稿者: beefst

機械工学,クリエイターをしています.読書も好きです.

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